山梨の豪商・大木家による『大木記念美術作家助成基金』を受けて、2012年、私はパリの版画工房アトリエIDEMにおける石版画のリサーチプロジェクトを開始する素晴らしい機会を頂いた。おふどうと呼ばれた大木家はコレクターであり、江戸時代に歌川広重のパトロンでもあった。
1798年、ドイツの俳優で劇作家のアロイス・ゼネフェルダー(1771-1834)によって発明された石灰石の石版による印刷「リトグラフィ印刷術(ギリシャ語で、リトは石の意味)」は、19世紀初頭、パリでロートレックなどの芸術家たちを魅了し、複製芸術の新しい芸術分野を開花させただけでなく、のちに多色刷り印刷が可能になり、これまでの版画技術よりもはるかに膨大な量のイメージを、高速で複製することを可能にした。そして写真術の発明と組み合わり、広告や政治に使われ、都市空間において人々の生活を刺激する「複製イメージの力」が、近代化を押し進めた。
さらに今日のオフセット印刷の基礎となる技術であり、また「photolithography」と呼ばれるコンピュータやスマートフォンの、半導体マイクロチップのプリント技術へも繋がっている。
生物起源の石灰岩には、サンゴ、貝殻などの海洋生物が堆積して炭酸カルシウム(CaCO3)となって生成され、化石が多く含まれる。
(プロジェクトの記録日記より)
2012年8月29日
どこからきたのだろう?石版画制作の経験を得たあと、リトグラフのマテリアル:石灰石について考えずにはいられなくなった。高品質の石版は、ドイツのゾルンホーフェンの採石地でとられるという。どうしてもその産地をみなければと思っていた。
2012年8月30日
前期ジュラ紀の地層はとても美しかった。石にのみをいれ、ハンマーで叩くと、石のレイヤーが地球の歴史の、本のページのように剥がれた。石のかけらはそれぞれ、さまざまな化石を含んでいて、1億4500万年前の生命の話を話してくれた。石灰石は人類に使用される以前から、すでにイメージを保存し、転送するメディアだったのだとわかった。車の免許を持つ友人のおかげで、たくさんの石をスーツケースに入れて持ち帰ることができた。
2013年2月18日
旅からの石灰石で、リトグラフを作る実験をはじめた。きめ細かく研磨し、表面に描く・・・それはまるで、それぞれの石との対話、そしてコラボレーションのようだった。
なにが残るのだろう?なにが消えるのだろう?なにを残し、なにを残すべきでないのだろう?私は、古いメディアから今日のコンピューターテクノロジーへの目にみえる道筋を見つけたかった。でもその道は絡まっている。私は技術と媒体を調べた。置換し、加え、想像し、混ぜ合わせた。
石版はそのままで美しかった。
しかし私は、瞬時にイメージを共有し、情報の氾濫する今日の時代において、社会的思考のための長い時間枠を与えてくれるよう、この地球の歴史を刻み、転送する石灰石の持つ力を借りることにした。